<古代・中世>
 6世紀の終わりから再開した中国との外交をもとに、日本では法の整備が進められ、701年、大宝律令の制定により、天皇を頂点とする中央集権国家が成立します。
 中央は二官八省、地方は畿内・七道に区分され、国・郡・里が置かれ、行政制度が整えられるとともに、天皇による仏教奨励策も影響して、全国各地に寺院が建立された時期でもあります。
 中世は、平安時代の院政期(11世紀末)から戦国時代までをさします。 鎌倉幕府や室町幕府のように武家政権による支配体制がしかれる時期と重なります。国内の陶器生産が活発化し、庶民でも陶器の使用が始まったと考えられ、遺跡からは、多くの陶器が出土します。
 ここでは、菊川市一反田遺跡を例に、古代から中世にわたる出土品を通じて、当時の人々の生活にせまります。

 <一反田遺跡(いったんだいせき)
 一反田遺跡は、菊川市赤土に位置する古墳時代〜近世の遺跡です。掛川浜岡線の整備事業に伴い、平成20〜25年にかけて断続的に発掘調査が行われた結果、奈良時代〜平安時代の旧丹野川の支流跡と思われる自然流路跡や、鎌倉時代〜南北朝期の屋敷跡が発見されました。
 自然流路跡からは奈良時代の人形や鳥形、斎串などの祭祀に使われたものや、馬鍬、平鋤、掛矢等の農工具も出土しました。
 屋敷跡は大きな溝で囲まれており、掘立柱建物跡が7棟確認できました。建物の柱を据えた穴からは柱根や礎板が出土しました。柱根は文字通り「柱の根元」ですので、柱が立ったまま腐り、根元だけが残ったのでしょう。
 この遺跡一帯には、比叡山延暦寺の荘園「赤土荘」が置かれていたと記録に残っています。遠江国の中でも豊かな土地であったと考えられます。

静岡県埋蔵文化財センター